デス・オーバチュア
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灰色の世界。 突然、上下を反転させられたタナトスは、空へ向かって『落ちて』いった。 「…………」 空に吸い込まれるようにどこまでも堕ちていく。 「……ふっ！」 タナトスは半回転すると、両足で空を踏みしめて『着地』した。 「空と大地が反転した世界……だから反世界（アンチワールド）か？」 タナトスは改めて周囲を見回す。 空と大地が逆ということ以外の「前の世界」との差異は、灰色……モノクローム（黒と白だけの単彩）な世界だということだ。 「それはもっとも些細な違いよ……」 遙か遠方から赤い光が飛来し、タナトスの足下の空（大地）に突き刺さる。 「……セブンチェンジャー……？」 漆黒の薙刀に埋め込まれた七つの赤石のうちの五つが、妖しく光り輝いていた。 「五体しか入っていないけど……ファーストとセブンは最初から使えないのだから問題ないでしょう？」 黒い修道女が空を歩いてゆっくりと近づいてくる。 「……エレクトラ・エトランゼ……」 「名前を一度で覚えてくれて嬉しいわ……様……」 「ん？」 最後の言葉は小声過ぎて、タナトスには聞き取れなかった。 「あなたにセブンチェンジャーを貸与して早一週間……」 「なっ……コレはお前が……？」 タナトスは手に取ったセブンチェンジャーとエレクトラを見比べる。 「どれほど使えるようになったのか……試させてもらうわ……」 エレクトラの左掌に『光』が生まれた。 「……黄金の光？……光輝！？」 「輝条剣（きじょうけん）っっ！」 無数の光の束（たば）が鞭のように振るわれる。 「閃（せん）っっ！」 「くっ！」 タナトスは全力で空へと跳び逃れた。 それはまるで天地開闢の光。 天と地を分けるかのように、黄金の光が灰色の世界を真っ二つに引き裂いた。 「ありえない……絶対にありえないわ……」 皇牙はまるで蝙蝠のように天井（大地）に張り付いていた。 もっとも、ここが上下が逆転した世界でなければ、普通に地面に立っているだけなのだが……。 「……光輝を使う雑種なんて存在するわけがない……！」 雑種……彼女が人間と魔族の混血児であることは一目で解った。 混血児（それ）自体は別に問題はない。 問題は魔族の方の血（力）が『我が宿敵』と酷似していることだ。 「光皇ルーファス……ゥゥゥッ……」 皇牙は最上級の憎悪を込めて宿敵の名を吐き捨てる。 極東で味わわされた屈辱と恥辱、そして今『こんな面倒なこと』をしているのも全て奴のせいだ。 「……ちぃっ！」 皇牙は舌打ちすると、クルリと半回転して上下を入れ替える。 「面倒極まりないけど……今、死神に死なれるわけにはいかないし……仕方ない助けて……」 「助けてあげては駄目ですよ、異界神様～」 動き出そうとした皇牙の喉元に、妖しく煌めく黒刀が突きつけられた。 「あんた……誰よ？」 黒刀の先に居たのは……まったく見覚えのない金髪の女。 「えっ……ああ、そういえばさっきは一度も正面から対峙してませんでしたね」 金髪の女は一瞬キョトンとしたが、すぐに状況を理解したようだ。 「初めまして異界神様、私のことはファーストとでもお呼びください」 白煌の天使（ファースト）は恭しく一礼する。 「あんた……悪魔？ でも属性が神……光？ 光の悪魔！？」 「……光の悪魔ですか……そう呼ばれるに相応しいのは私ではなく、シリウス・ホワイトノイズですね」 「シリウス？」 「ええ、悪魔界広しと言えど、光属性の悪魔は彼一人しかいません」 「じゃあ、あんたは何なのよ！？ あいつと同じ悪魔なんて雑種以上に居るわけが……あっ！」 皇牙は唐突に何かに気づき、声を上げる。 閃き、発想の転換だ。 「そうか、悪魔の半数は……いや、でも、それでも光輝はありえ……」 せっかく謎が解けたと思ったのに、新たに納得できないことが生まれる。 「そう、私は厳密には悪魔ではなく『堕天使』です。つまり、光皇様と同じ『元天使』……」 悪魔と呼ばれる存在には大別して二通りある。 一つは悪意が濁り、凝り固まり、生まれた負の精神生命体。 もう一つは、天から捨てられた御使い、堕落した元天使……堕天使だ。 「それでもありえないわ！ 光輝を使えるのは光輝天使だけ！ 光輝天使とは竜戦天使とその……むぐぅ？」 「推測はそこまでにしてくださいねっ」 ファーストの右手人差し指がそっと皇牙の唇を押さえつける。 「うぅぅ……ガジガジィ！」 「あんっ、噛まないでください、異界神様～」 皇牙は恨めしそうに睨み上げながら人差し指に齧り付いているが、ファーストは愛玩動物（ペット）に甘噛みでもされてるかのように平然と微笑っていた。 天地を分けた光輝の一閃（一線）は断ち消え、世界は再び完全なる静寂（灰色）に閉ざされた。 「失礼……輝条剣（コレ）では大味すぎてテストにならないわね……」 エレクトラの左掌に再び黄金の光が宿る。 「……やはり光輝……？」 「……スターライトソード……」 キィィン！と心地良い音が響いたかと思うと、エレクトラの左手に『光輝でできた剣』が握られていた。 「星光剣……コレなら刃を交えることができるでしょう？」 「…………」 タナトスは緊迫した様子で星光剣を凝視する。 アレは危険だ。 間違っても、刃を交えては……接触していはいけない。 彼女の研ぎ澄まされた直感が、戦士としての本能がそう告げていた。 「……それでもっ！」 漆黒の薙刀（レヴィヤタン）が漆黒の大鎌（ベルゼブブ）へと瞬時に変形する。 「やるしか……正面からぶつかるしかない！」 タナトスは大鎌を振りかぶり、いつでも飛びかかれる体勢をとった。 「やはり……様には大鎌がよく似合う……」 「えっ……？」 聞き取れない呟き。 錯覚だろうか？ その呟きの一瞬、黒の修道女が自分に対し好意的な表情を浮かべたように見えたのは……。 「……それなら私も……っぅ！」 星光の剣が弾けるように膨張し、伸縮し、形を変えていく。 「……星光鎌……スターライトサイズとでも言ったところかしらね……？」 エレクトラは愉しげに微笑うと、『星光の大鎌』を振りかぶった。 「…………」 「……行くわよ……様……っ！」 爆発的な歩行。 エレクトラは『一歩』で、タナトスとの間合いをゼロにする。 「斬（ざん）っっ！」 「堪えろ、Beelzebub！」 振り下ろされた星光の大鎌、迎え撃つ漆黒の大鎌。 二つの大鎌が交錯した瞬間、光輝の爆裂が灰色の世界を埋め尽くした。 『ふぅん……』 アドーナイオスは唯一人、通常世界（元の場所）に取り残されていた。 『プライベートワールドの亜種か？ 別世界に引き込んだというより、通常世界の一部をもぎ取ったように見えたが……』 ベリアルを中心に生じた力が空間ごと『この場』に居た全ての者を奪っていった……アドーナイオスだけを除いて……。 『というより弾かれたか？ 私だけが……』 世界から奪い取られた空間の中……『有効範囲』に間違いなく自分も居たはずだ。 ベリアルに斬りかかろうとしていたのだから、中心にもっとも近かったといってもいい。 『……判別？ 任意で選んだわけでは……ないな……』 誰と誰を連れ去って、誰だけは連れて行かないといったベリアルの意志に基づく任意選別ではない。 おそらくは何らかの基準を予め設けておいた……『自動選別』だ。 選択の速さ、余計な者まで連れていったこと、何よりあの時のベリアルの様子からして間違いないだろう。 『私だけが当て嵌まる条件……まさか……だが、それでは奴自身が……』 「いや、お前の推測は正解だぞ」 アドーナイオスの独り言（思考思索）に、答えが返ってくる。 いつの間にか、アドーナイオスの横に一人の女性が立っていた。 『……H（アッシュ）か』 アッシュと呼ばれた人物は、漆黒のヘルメットとライダースーツで顔はおろか肌すらまったく露出していない。 ただ、密着したスーツのグラマラスなボディラインだけが彼女が女性であることを示していた。 「ふん……」 アッシュは鼻で笑うと、スーツ前面のチャックを首から胸元まで引き下ろす。 「……後宮（パレス）に自分以外の男は進入禁止……ただそれだけの話だ」 露わになった胸の谷間に右手を突っ込むと、一輪の深紅の薔薇を取り出した。 『……何をする気だ？』 「所詮は即興世界（インプロワールド）……本物の個別世界（プライベートワールド）には程遠い紛い物……」 アッシュの摘む深紅の薔薇を『目に見える程の熱気』が包み込む。 「本物の輝きの前には……儚く消えゆくのみ……」 融解どころか蒸発するであろう超高温の中にあって、深紅の薔薇は枯れることなく美しく咲き誇っていた。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |